夜のハノイその4「最高級の店」
Thạch lam(タックラム)1933年のルポ「夜のハノイ」その4。
夜のハノイその4「最高級の店」
ハノイの夜の女性にもいろいろなクラスがある。最高級の女性は風雅で、美しく令嬢のように着飾っている。
ある日、高等師範学校の学生の、あだ名が夢想君という友人に、ぼくは恋人への手紙を託された。恋人は、彼がリゾートのドーソン海岸で出会ったトゥ嬢という貴族の娘さんだという。ぼくはあて名を見ながら、その家を訪ねた。
その家の日本風の入り口(格子戸?)をすかしてみると、マホガニーの家具と、ビリヤードの台があった。ぼくがしばらく見とれていると、西洋の洋服を着た人が現れた。
「やあタイさん、どうしてこんな所に?」
タイさんがぼくを見て笑って言った。
「何をとぼけて。どうして、ここに来たんだい?」
ぼくはタイさんについて、家の中に入って行った。
「ねえ、ここは誰の家なんです?」
「本当に君は知らないのかい? それではぼくがわかるように紹介しよう」
その時、豊満で、化粧をして、ジョーゼットのドレスを着た40歳くらいの女性が歩いてきた。タンさんの紹介がすむと、彼女はしわがれた声で「どうぞ遊んでいらっしゃってください」と言った。
部屋から笑い声がした。深緑の服を着た女の子が歩いてきて、穏やかにお辞儀をした。どの子も若く、白い歯をして、髪を頭に巻き付けて、白い服を着ていた。深緑の服の女の子が、フランス語で「プレネプラ シルブプレ ムッシュ(どうかおかけください)」とささやいた。
「メルシー マドモアゼル」ぼくは少し変な気持だった。女の子たちのあいさつはみんな礼儀正しかった。女の子の1人はタンさんとビリヤードをはじめ、1人はマンドリンでフランスの曲を弾き、椅子に座った2人はぼくとドーソンとサムソンの避暑地の海岸の話をした。
2階からサンダルの音が聞こえて、1人の女の子が手紙を開いたまま持って降りてきた。
「トゥ姉さん 誰の詩かしら?」
トゥ嬢はそれには答えないで、ころころと笑った。彼女は16歳か17歳か、黒い瞳に長いまつげ、ぼくはこの人が夢想君の恋人なんだと想像した。そしてポケットの中の手紙をつかんだ。
トゥ嬢はタンさんの肩をつついて、やさしく声を上げて笑った。
タンさんが聞いた。「誰の手紙、またあの夢想君から?」
「おかしいすぎるわ この古くさい詩」「恋に迷って、死んでしまうですって」
ぼくは夢想君の手紙をポケットの奧に押し込んだ。ここであえて渡すことがあろうか。
やがて、僕たちはまたここを訪ねることを約束して、帰ることにした。
タンさんは話した。「この家の女主人 マダムRには、昔金持ちのご主人がいたんだ。マダムRは少女たちを集めて、上手に女の子たちを教育した。フランスの音楽や、ベトナムの音楽や、ダンスや、フランス語をね。そして、夜の女に見えないようなおしゃれの仕方も。夏になると女主人は女の子たちをドーソンやサムソンに行かせる。そこには財産のある洒落男たちがたくさんいる。女の子たちは何もしなくていい。男たちがうっとりして声をかけずにはいられないからね。そしてハノイに帰ってきて、そのまま「恋人」を続けるのさ。そして友達が紹介されてまた新しい男がやってくる。いったいこの家に何人いるのか、何人来るのか、わからないよ」
「ここに来て、酒を飲み、ビリヤードをやり、カルタや将棋で遊ぶ。はじめはゲストだ。金は払わなくていい。やがて、誰かと仲よくなって、契り(kết結)を結ぶときが来れば、その時が金を払うときだ。おかげでマダムRや女の子たちは、貴族のような余裕ある生活がおくれるのさ」
一方で、狭い路地に3人いっしょに住んで、生活をする夜の女性たちもいる。1つの家にベッドが3台、でもケンカもせず、なかよく助け合って暮らしている。
人で住んで客を取る娘もいる。ハンケン小路のV嬢のように。部屋にあるのは小さな祭壇、花びん、つぼ、アルコールランプ、キンマの小箱、石鹸の箱、これがすべてだ。散らかっている中に、ベッドだけがこざっぱりと清潔に保たれて、V嬢の香水のにおいをただよわせている。昼間は彼女は客引きに出かけ、夜がくれば静かな帳の中でサービスする。
hạng thượng hạng, hạng ngoại hạng:最高級、プレミアクラス
※絵はBùi Xuân Phái の phố Tạ Hiền